SSブログ

断酒会の昔と今

断酒会の今と昔を考えてみた。
昭和28年の「断酒友の会」(32年12月5日に東京断酒新生会となる)、
昭和33年の「高知断酒新生会」
2つの断酒会が誕生することで、全日本断酒連盟結成への条件が芽生えた。

かつての断酒会は、体験主義、断酒体験主義、断酒歴の古い人が大手を振って歩いてた。
この時期現在では考えられない方法で、非常に積極的に会員を支援していた。
その典型が、一部の地域ではあるが「往診」と呼ばれる断酒会のリーダーによる家庭訪問であった。
自分の断酒にも厳しいが、他の人にも厳しい断酒を求めた。
現代社会では、やさしさがもっとも優先される対人関係のルールとなっているため、
今日の断酒会では、あまり見ないやり方である。
そして、当時の断酒に対する考え方は、
現在の様子とは少し違う姿をかつての断酒会はもっていたということだ。
時代の流れは大きく、いつの間にかその風習がなくなったっていうのは、
個人間のコミュニケーションが、だんだん希薄になってきたということだ。
過去に戻ることはできないが、会員数が減少していく現状への対策が必要である。

アルコール依存症発症者は高齢化していると言われているが、
断酒会員は昭和40年代から平均年齢は60代半ばで、現在とあまり変わらなかった。
それは、今ほどアルコール依存症についてのケアの体制が環境的にないから、
行き着くとこまで行ってそれからアルコール依存症と診断されたということ。
当時アルコール依存症患者は、「人間のくず」みたいに扱われる部分が多かった。
精神科医 = 牢屋、キ〇ガイ病院 みたいな。
院内では、入院患者に電気ショック療法なんてものもあったそうだ(怖)

では、現在の断酒会はどうだろうか?
俺が例会に行き始めたのは、精神病院を退院して1ヵ月後からだった。
最初の1年は、自分への試練と位置付けて、支部内10カ所の例会場を満遍なく週3回通った。
他の人の発言はほとんど聞かず、用意した原稿を10分で納めるように、
家でリハーサルしてから会場に行き、それを読み上げるだけだった。
数多くの例会場に足を運んでいたので、発表内容が被らないようにも注意した。
2年目からは会場ごとに好き嫌いが生じ始め、それに例会自体に必要性を感じなくなりつつあった。
そんな中、コロナ禍で例会も軒並み中止となり、例会が無い毎日が普通になっていった。
社会全体でオンライン化が⼀気に進み、
従来対⾯で⾏っていたいろいろな会議の多くがオンライン化し、日常生活にすっかり浸透した。
今後もオンライン活⽤は様々な形で広がっていくと思われる。

知識だけなら書籍やネット、ためになる動画も多い。
個人を特定されたくない人や慣れ合いたくない人や人前で話すことが苦手な人なら、
Twitterや掲示板、チャットやZOOMもある。

自助グループも、例会やミーティングだけではなくなるかもしれない。
挨拶さえめんどくさがる人も多い世の中である。
現代のアル中には、Face to Faceは通用しないのかもしれない。


つづく。


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村



アルコール依存症ランキング













nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:健康

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。